SAHHO
Science & Arts of Homeopathic Healimg Organization
たとえ体の一部が失われていようとも・・・
事故などで体の一部を失う方がいます。 発達段階の心的外傷ストレスで背骨が歪んだままの方がいます。 薬剤による弊害で不要な手術を受けなければならなかった方たちがいます。 そうした方たちはもう、永久に元に戻ることは不可能なのでしょうか。 そう、物理的には不可能です。 失ったものを、覆水を、盆に帰すことはできない、 これは現実のことです。 でも、もともと肉体に備わっていた機能を失うことまではありません。 手術で失ったはずの足が痒かったり、ギザギザにゆがんだ背骨であっても直立姿勢を保てたり、レンズを入れた目に曇りができつつあるので再手術を勧められていたにもかかわらず、再び視力が戻ることも・・・ 人間の体は、どこまでも全力で完全なバランスの記憶をさぐるものようです。 気功にはこうした全人間的なエネルギーバランスをより一段と堅固なものにブラッシュアップさせてくれる力があります。 それは内外にわたって全身に張り巡らされている経絡がそうさせてくれるのです。 いわば、人が人として立ち歩いて行ける時のエネルギーの網目が、私たちを取り囲んでいるのです。 片足立ちで立てるのも、ウルトラc級で体育の演技ができるのも、目を見張るアスリートの活躍ぶりも、 そうしたエネルギーのネットワークをどれほど表現できるか、その結果が見事なポーズになっていくのです。 精神神経免疫学などの分野で明らかになっているように、心から体へのアプローチは大分進んでいます。 でも、体から心へのアプローチはまだ未熟なままなので、これから発展していく分野ともいえます。 気功の鍛錬の素晴らしいことは、この分野を4千年も前から知っていたことです。 気功の動きを取り入れていくことで、私たちは体の内外をめぐる気のネットワークを連環させていきます。 見えないはずの目が見えたり、聞こえないはずの耳が聞こえたり、歩けなかったのに歩けるようになったり・・・ たくさんのミラクルがおきます。 でも、これらはミラクルでもなんでもなく、持って生まれたエネルギーの回路を再度通じさせただけにすぎません。 そういうことができていく基盤にあるのは、私たちの生命力なのです。 ホメオパシーもまた、人間の持って生まれて現存しているけれど、何かの拍子に滞って病的な状態になってしまっている私たちを、そっと後押ししてくれて、 本来持っている生命力を賦活させることで、一時の気の滞りに活路を見つけ出させてくれるものなのです。 そして病が癒えるということは、すべてこういう現象が引き起こされるところから、なのです。 ここが、気功もホメオパシーも、エネルギー医学といわれるゆえんです。 私たちの体の中には偉大な医者が住んでいて、薬など不要なのですね。 そしてこういうことにいったん気づきさえすれば、病気をいたずらに怖がることもありません。 不治の病、などとおびえるよりも、まずやらなければならないことがあるし、気功もホメオパシーも、そういうことに気づかせてくれます。 心から体へ、そして体から心へ・・・・ 人間の生命を彩る行ったり来たりの円環は生命そのものの呼吸です。 そして病は、そうした呼吸を取り戻させてくれるためにも、必要な表現にすぎないのです。 だから、 病が、生命のよみがえりに気づかせてくれる大切な表現だと思えれば、決して病を恐れることもありません。 そして病はまた、私たちの精神を優しくさせてくれるものです。 病むということがこういう局面をあわせ持っているなど、誰が教えてくれたでしょうか。 気功もホメオパシーも、病んだ方たちにそっと寄り添える代替医療の女神のようなものです。 |